法相宗ゆかりの山岳寺院参拝ツアー

id:moroshigeki:20070606:1181123670での予告通り、来日中のUC Berkeleyの大学院生と日本法相宗関連寺院を巡るツアーを決行する。急遽、学生時代以来の友人が関西に来ていたので、彼とも途中までいっしょに巡る。

参拝したのは笠置寺海住山寺、そして室生寺である。前二寺は解脱上人貞慶によって中興されたお寺、室生寺興福寺の賢璟、修円による創建である。ただし現在はいずれも真言宗の寺院で、現在も使い回されている(というのは変だが)仏像や建物などを除くと、法相宗時代のものはあまり残っていない。笠置寺には貞慶の般若台の跡、室生寺では修円の廟があったぐらいか(写真)。

室生寺にあった修円の廟

この「見つからない」ということ、あるいは喪失感をどのように考えるべきかが、実は法相宗研究の肝になるような気がする。法相宗唯識というきわめて複雑かつ緻密な教理を有し、またそれを解釈するための膨大な努力を重ねてきた宗派(学派)であるため、往々にして「学問仏教」というレッテルを貼られることがある。このレッテルは、法相宗に対するイメージを決定してきたわけだが、笠置寺室生寺にはそのようなイメージにマッチするものが見当たらない。それで我々は痕跡を探そうとするのである。

しかしながら、これは現代の我々が勝手に押し付けたイメージのせいであるとも言える。なぜ「学問仏教」を山の中でやっちゃいけないんだろう。実際、貞慶は般若台において『成唯識論』の注釈研究に没頭したのだ。お金持ちの大学教員が執筆活動のために別荘を買う、というのとは訳が違う。テキスト研究(文献学)における究極の目標が、作者の真意を発掘ないし再構築する神秘的(錬金術的?)作業だとするならば、仏典を読むという行為の宗教性というのも自ずと想像されるであろう。弥勒に会うための洞窟まである笠置などは、特にそうだと思う。

…なんて妄想を膨らませつつ、あるいは議論しつつ、室生寺は実は初めて行ったのだが、車だと意外に近かった(笠置から1時間ぐらい)。周辺のスポットは時間の都合でまわれなかったので、もう一度来たいなぁ。ちなみに下の写真は、室生寺で産卵していたカエルさん。一日中山で過ごしたので、リフレッシュできた。