聖護院門跡晋山式

芳井先生のご紹介で、聖護院門跡の晋山式を見学させていただいた。以下、式次第:

  • 式衆入堂 奏楽(平安雅楽会)
  • 鐃鈸
  • 新門主入堂 法螺
  • 奉告文
  • 伽陀
  • 導師登礼盤
  • 総礼三宝
  • 供養文
  • 三條錫杖
  • 誦経
  • 諸真言
  • 本覚讃
  • 四鈸
  • 祝辞 天台座主 半田孝淳大僧正猊下
  • 出堂 奏楽・法螺

修験道のことは勉強中なので、たいへん勉強になった。南〜無神変だ〜いぼさ〜つ、南〜無神変だ〜いぼさ〜つ…

穴と境界

うう、新年度が始まってしまった…。

春秋社のシリーズ現代哲学への招待はなかなか魅力的なラインナップなのだが、最近出たこの本は、私にとってかなりストライクゾーンな感じである。

穴と境界―存在論的探究 (現代哲学への招待)

穴と境界―存在論的探究 (現代哲学への招待)

まだ読んでないので (^_^;; とりあえず目次をあげておこう。

はじめに

第1章 存在のかたち

  1. 現代形而上学をとりまく事情と存在論
  2. 三つの現代的カテゴリー論
    1. チザム
    2. ホフマンとローゼンクランツ
    3. ロウ
  3. 現代哲学における「存在論的転回」

第2章 穴

  1. 穴は存在するか
  2. 穴は回るか
  3. 穴とは何ものか(1)―物体としての穴
    1. 穴周り説
    2. サイト説
  4. 穴とは何ものか(2)―欠如としての穴
    1. 否定的部分説
    2. 欠如体説
  5. 穴とは何ものか(3)―依存的対象としての穴
    1. 依存的非物質体説
    2. 依存的形相体説

第3章 境界

  1. なぜ境界は重要なのか(1)―実体の独立性
  2. なぜ境界は重要なのか(2)―実体の自己連結性
  3. なぜ境界は重要なのか(3)―「触れ合い」の謎
  4. 境界とは何ものか(1)―無としての境界
  5. 境界とは何ものか(2)―抽象的対象としての境界
  6. 境界とは何ものか(3)―具体的対象としての境界
  7. 四種類の「触れ合い」
  8. 依存的構成要素としての境界

付論 形式存在論の現代的展開

  1. 哲学的フォーマル・オントロジー
    1. フッサール型形式存在論
    2. ラッセル型形式存在論
  2. 工学的フォーマル・オントロジー
    1. 上位オントロジー
    2. OntoClean
    3. 基礎的関係の形式理論
  3. 代表的な形式的関係
    1. 部分関係
    2. (存在論的)依存関係
    3. 「……である (Is-A)」関係

あとがき
参考文献
索引

目次を見てもらえばわかるように、穴と境界は存在論的に言ってどうなのか?(そもそも存在してるの?してるとしたらどういう風に?してないとしたら何で「穴」ってわかるの?)をつきつめていく、という内容(らしい)。穴の存在論については、入不二基義氏の「「ほんとうの本物」 の問題としてのプロレス」*1から刺激を受けて、関心を持って考えている「最強」の存在論と同じ問題意識を共有していると思われる(読んでないので単なる想像だが)。この問題領域は、フィクション論とも関連性が高く、例えば目次に出てくる「チザム」は様相論理学における「チザムのパラドクス」のチザムさんではないかと思う(違ってたらすいません)。

それとともに興味深いのは、この本では情報学の所謂「オントロジ」を射程に入れていることである。もちろん両者は、研究者がだぶっていたりするので当たり前のことなのかもしれないが、日本の哲学系の著作で情報学的、工学的オントロジーがとりあげられるのは珍しいような気がする。溝口先生の『オントロジー工学』*2は、ぶっちゃけ“ゆるい”感じが否めないのだが、こちらは緻密な論述がなされているのではないかと期待される(これも想像)。

ということで早く読みたいけど、しばらくは積ん読だなぁ(涙)。

*1:[asin:4791710878:detail]

*2:[asin:4274200175:detail]

仮面ライダーと性

風邪をひいたっぽい(涙)。新年度が始まる、この忙しい時に…。

それはともかく、イクサのかっこ悪さ(あの音声合成?と、スタイルの悪さ)が気になって仕方がない仮面ライダーキバである。ちょっと前のエントリ(id:moroshigeki:20080327:1206545124)で、

それに対してキバは、そもそも種族が違う(人間と吸血鬼のハーフ)。仮面ライダーが元々改造人間の悲哀を描く作品であることをふまえれば、キバは伝統にのっとった作品とも言える。

と書いたが、もちろんこの作品独自の設定がいくつもある。これまでの作品と比べて一番大きな違いだと私が思うのは、恐らく仮面ライダーシリーズ初の生殖機能がある(子どもが作れる)ライダーかもしれない、という点である(ただこれは、現時点でわかる設定から推測したものであって、勘違いかもしれない)。昭和のシリーズは改造人間、平成ライダーの多くは装備、響鬼は肉体の変形だが、獲得形質のためか遺伝はしない模様、ということで、(仮面ライダー仮面ライダーを生む、みたいな意味での)生殖機能はないようである(仮面ライダーシリーズを全部見ているわけではないので、まちがってたらご指摘下さい)。一方、キバには父と母がおり、少なくともある種のセクシュアリティがほのめかされているのは間違いない。

子供番組ゆえ、そのあたりがクローズアップされることはないだろうが、『SAGA』*1みたいな (^_^;; 大人向け?のスピンオフ作品とかを見てみたい気もする(そう言えば、ウルトラの父と母が交尾している同人誌は読んだことがあるなぁ)。

*1:

バキ特別編saga (ヤングチャンピオンコミックス)

バキ特別編saga (ヤングチャンピオンコミックス)

方法論懇話会2008年3月例会

Information: 方法論懇話会 Colloquia on Methodology

現在、自称「活動休止中」の方法論懇話会ですが、Ver. 2.0に向けてゆるゆると動いていたりします。皆様の参加を歓迎します。おかげさまで無事(って言い方も変だな)終了しました。

場所

花園大学・対雲館104教室

日時

3月30日(日)13:00〜17:30

プログラム:

  • 13:00〜14:00 東城義則「絶滅と発見のキュビズムニホンオオカミをめぐる言説空間―不在を対象化する、不在を語り紡ぐ―(仮)
  • 14:00〜14:10 休憩
  • 14:10〜14:50 東城報告についての討論
  • 14:50〜15:00 休憩
  • 15:00〜16:30 書籍の紹介と書評(各30分)
    • 稲城正己「アントワーヌ・コンパニョン『文学をめぐる理論と常識』の紹介」
    • 北條勝貴「〈亡霊とエクリチュール〉をめぐる方法と討論」
    • 師茂樹「「人格」はどこにあるのか」
  • 16:30〜16:40 休憩
  • 16:40〜17:30 全体討論
  • 18:00〜 懇親会

私以外の報告はいずれも興味深かったが、ここに書くのはまたいずれ。私の(ゆるい)報告は、デレク・パーフィット『理由と人格』の紹介。

理由と人格―非人格性の倫理へ

理由と人格―非人格性の倫理へ

この本は「英米の哲学界では二〇世紀末の最も重要な哲学書の一つと目されている」らしい。永井均氏や森岡正博氏の著作に時々出てきたりする。以前、この研究会の機関誌で、再帰的な書き換え系としての記憶=「わたし」について短文を書いたことがあるが(師茂樹「記憶を書き出す―総括にかえて」、『GYRATIVA』4, pp. 64-71, 2007)、この本を読むのは言わばその延長戦であり、ついでに言えば最近やってる一般キャラクター論にも関連する。

興味深いのは、このパーフィットが、自分の主張する所謂「還元主義」的人格観(「ある人物の時間を通じた同一性は、もっと細かい (particular) ある事実が妥当するということだけからなる」)が歴史的、地域的一般性を持つことを主張するために、『ミリンダ王の問い』や『倶舎論』を引いて「ブッダならば同意しただろう」と述べている点である。これについては、欧米の仏教研究者が何人か反応している:

Selfless Persons: Imagery and Thought in Theravada Buddhism

Selfless Persons: Imagery and Thought in Theravada Buddhism

  • Matthew Kapstein. “Collins, Parfit, and the Problem of Personal Identity in Two Philosophical Traditions.” Philosophy East and West, Vol. 36, No. 3, 1986.
  • Tom J. F. Tillemans. “What Would it be Like to be Selfless? Hīnayānist Versions, Mahāyānist Versions and Derek Parfit.” The Numata Yehan Lecture in Buddhism 1995. University of Calgary, 1995. Etudes Asiatiques / Asiatische Studien L, 4, 1996.
  • Steven Collins. “A Buddhist Debate About the Self; and Remarks on Buddhism in the Work of Derek Parfit and Galen Strawson.” Journal of Indian Philosophy, Vol. 25, No. 5, 1997.
  • Mark Siderits. “Buddhist reductionism.” Philosophy East and West, Vol. 47, No. 4, 1997.
  • Roger Farrington. “A Review Essay of Personal Identity and Buddhist Philosophy: Empty Persons.Journal of Buddhist Ethics, Vol. 11, 2004.
  • H-Net Review: David Burton on Personal Identity and Buddhist Philosophy: Empty Persons. July 2007.

暴流の中で: 一般キャラクター論から見たキャラ/キャラクター論

「キャラクター・身体・コミュニティ〜第2回人文情報学シンポジウム」から1週間がたった。何らかの形でレポートせねばと思っているが、新年度も始まりそうだし、いつになることやら。そんな中、小形さんがレジュメ等を公開している*1。私の発表がそもそも雑駁な議論であることは充分承知しているし、シンポジウム当日にもいろいろつっこまれたので恥ずかしいこと極まりない (^_^;; が、私もレジュメ公開したいと思う(ただし、当日配布したものから、少し表現を変えているところもある)。

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NHKのおかあさんといっしょ 2008年4月号

ゆうぞう兄、しょうこ姉が退任ということで購入。

NHKのおかあさんといっしょ 2008年 04月号 [雑誌]

NHKのおかあさんといっしょ 2008年 04月号 [雑誌]

本体は子ども向けなのだが、中に大人向けの小冊子が入っている。しょうこ姉が、伝説となったスプーの絵描き歌*1を含む「5年間の思い出」を描いたイラストが載っている。小さい写真だが、りょうこお姉さんの顔が丸くなっていたのが、微妙にショック (^_^;;

DVDももうすぐ出るから、買わないとなぁ。

うう、パッケージがキモい (^_^;;

この番組には、なんだか知らないがハマってしまい、坂田おさむ&神崎ゆう子(&天野勝弘&馮智英)時代のビデオまで遡って集めたりもしたが、そろそろ潮時だろうか。いや、せめてちび2号が卒園するまで…

*1:[http://www13.atwiki.jp/supu/:title=スプーまとめ @Wiki]参照。