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新編国訳成唯識論

哲学・思想・宗教


新刊書籍〜仏教書専門書店・中山書房仏書林〜仏教初心者から上級者まであらゆる仏教書を取り揃えております
大学院の先輩の橘川智昭さんからご恵贈頂きました。ありがとうございました。

教科書として作られた本ということで一般向けではありませんが、私にはずいぶん読みやすいと感じられました。ある程度『成唯識論』の勉強をした人にとっては、コンパクトで扱いやすい本かもしれません。

「金山寺と韓国の唯識思想」学術セミナー

哲学・思想・宗教 歴史

4月17〜20日、「금산사와 한국의 유식사상」학술세미나(「金山寺と韓国の唯識思想」学術セミナー)に参加してきた。すでにニュースにもなっているが(미륵도량 금산사 알고 보니 유식이 먼저 :: 불교중심 불교닷컴)、簡単にご報告。
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  • 概要
    • テーマ : 「金山寺と韓国の唯識思想」
    • 日時:仏紀2558年(2014)4月18日(金)午後1時〜午後5時30分
    • 場所:韓国仏教歴史文化紀念館(曹渓寺内)
    • 主催:大韓仏教曹渓宗 第17教区本寺 金山寺
    • 主管:中央僧伽大 仏教学硏究院
  • プログラム
    • 開会および挨拶(13:00-13:20)
    • 第1部:「金山寺新羅の唯識學僧義寂」(13:20-15:20)
      • 第1発表(13:20-13:45):崔鈆植(東国大)「義寂硏究の現況と課題」
      • 第2発表(14:00-14:40):師茂樹(花園大)「義寂の新羅の唯識思想」
      • 第3発表(15:00-15:25):朴姯娟(東國大)「『無量寿経述記』を通じてみた義寂の思想傾向」
    • 休息(15:40-16:00)
    • 第2部:「金山寺高麗の瑜伽宗」(16:00-17:30)
      • 第4発表(16:00-16:25):金相永(中央僧伽大)「高麗時代金山寺の歷史と‘瑜伽宗刹’としての寺格」
      • 第5発表(16:40-17:05):黄仁奎(東國大)「金山寺広教院と唯識系教蔵の刊行」
    • 四弘誓願 / 閉会

通訳をつけてもらった私以外は、すべて韓国語の発表である。私の発表は、事前に送った発表概要がこんな感じ:

新羅では、慧遠『大乗義章』や基『大乗法苑義林章』のような、唯識思想に基づく大乗アビダルマ文献が数多く作られた。義寂にも『大乗法苑義林章』に関連する著作があり、逸文の存在が知られている。義寂の著作は、他の同種の文献に比べて多く引用されており、特色のある文献として重要視されていたのではないかと思われる。

義寂の著作は部分的なもの、逸文として残されているものが多く、その思想を把握するのは難しい。本発表では、唐代で多くの議論があった『法華論』の四種声聞について、義寂がどのような解釈をしていたのか検討することで、義寂の唯識思想の特徴の一端を明らかにしたい。

これまで私がしてきた義寂研究は、最澄・徳一論争研究の一環として書いた“Criticism of the Hosso Theory in Girin Quoted by Saicho: Especially with Relation to Wonhyo and Uijok”という論文一本だけなので、義寂研究者を名乗れるような者ではないのだが(逆に言うと、私に声がかかるほど、研究者が少ないとも言える)、今回このような機会をいただいたことで、新しい視点を手に入れることができたように思う。感謝。

実際に発表した論文では、以下の様な附論(「【附論】唯識派における観仏信仰と金山寺」)をくっつけた(脚注、参考文献は省略)。

최연식氏は、金山寺という場において展開した義寂の唯識思想と真表の占察法による懺悔信仰との関連について、総合的な検討が必要ではないかと問題提起をしている(최연식2003)。本稿では詳細な検討をする余裕がないが、唯識派法相宗において観仏信仰もしくは好相行(仏・菩薩の姿を見るための修行)を基盤とした菩薩戒が重要視されていたことを簡単に指摘しておきたい。
真表の信仰との関連が深い『占察経』の前半部分は、『梵網経』などの菩薩戒文献に多く見られる好相行に関連すると思われる。有名な木輪相法による占いは、好相行の代替手段として説かれたものと考えられる。『占察経』に基づくと思われる占察法は、『歴代三宝記』や真表の伝記(『三国遺事』)などにおいてしばしば自撲法とよばれる激しい修行法とともに言及されるが、これは『観仏三昧海経』における観仏行から来ていると考えられる。
菩薩戒と言えば『梵網経』が有名であるし、天台大師らの註釈書や最澄による大乗戒壇独立運動などによって一乗的なイメージも強い。しかし、『梵網経』が『菩薩地持経』(『瑜伽師地論』の別訳)に基づいていることは以前より知られているし、山部能宜氏がインドにおける菩薩戒と好相行との関係を論じるなかで「一見合理的に見える『菩薩地』は、実際の使用にあたっては、より神秘的で見仏懺悔の要素を含む『優波離所問経』と対になって用いられたのではないかと思われるのである」(山部能宜2000)と述べているように、『瑜伽師地論』をはじめとする唯識学派の文献において観仏体験は実践論上の重要な要素であった。
東アジアの唯識派の人々も、好相行による菩薩戒の受戒を重視していたであろうことが、いくつかの資料から推測できる。玄奘はインド旅行中、自身の仏性の有無を確認するために、修行者に姿を現すとされる観音菩薩像に花輪を投げる占いを行っているが、これも菩薩戒における好相行と関連があると思われる。また、基の弟子の慧沼による菩薩戒関連の文献『勧発菩提心集』には、「大唐三蔵法師伝西域正法蔵受菩薩戒法」と題された文献が引用されており、ここには受戒の際の懺悔と菩薩種姓の必要性、そして受戒の際の観仏体験などが記されている。日本においては、鑑真来日以前に『瑜伽師地論』や『占察経』による自誓受戒が行なわれており、鑑真来日後も法相宗の賢璟を含む一部の僧が『占察経』を典拠として鑑真からの受戒に抵抗している。その後も古代から中世にかけて日本においては、懺悔による好相行が盛んに行われていた。
以上述べてきたことはすべて情況証拠であり、これだけで義寂の思想と真表の活動とをつなぐことは難しい。しかしながら、義寂が菩薩戒を重視していたことは『菩薩戒本疏』という著作があることからもわかるし、菩薩戒は懺悔や観仏体験という点で『占察経』と深い関係があることは間違いない 。金山寺を含めて、東アジアの唯識派における菩薩戒・懺悔信仰の実態の解明は、今後の大きな課題であろう。

発表の本題にもいろいろ反応がいただけたが、「おもしろい」といってもらったのはこの附論のほうであった (^_^;)

なお、今回の出張では、私に声をかけてくれた崔鈆植さんや、崔さんと同じく東国大に移った金天鶴さんとの旧交を温めることができた。金天鶴さんは、今回の発表者で最近『新羅法華思想史研究』という本を出された朴姯娟さんとともに、東国大学校仏教学術院に所属している。
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また、今回はちょっと時間があったので、国立中央博物館も見に行った。とても大きな博物館(しかも常設展は無料!)で、駆け足で見ても1、2時間はあっという間に過ぎてしまう。今回は古代の展示と仏教関係の展示を中心に見たが、日本と朝鮮半島がいかに深い関係にあるか、改めて思い直すことになった。
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ついでに、ホテルから徒歩で行ける範囲だったこともあって、所謂「従軍慰安婦」の像も見てきた。これも、日本と朝鮮半島との深い関係を象徴するものと言えるかもしれない。もっと仲良くできないものですかね。
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人文学と著作権問題ー研究・教育のためのコンプライアンス

情報

科研費で作った本がでました。

人文学と著作権問題ー研究・教育のためのコンプライアンス

人文学と著作権問題ー研究・教育のためのコンプライアンス

本書は、漢字文献情報処理研究会で長年取り組んできた、研究・教育活動をめぐる法律問題についての共同研究をまとめたものです。図書館・博物館などで資料の調査をする際の法的問題、資料や研究成果をデジタル化して公開する際の法的問題、学生に作成させたレポート・卒論の帰属の問題など、人文学・人文情報学や大学教育のなかで直面する法律の問題について考えてきました。たまたまですが、コピペ論文が全国的な話題になっている今日、文系理系の違いはあれ、タイミングがいい出版かもしれません。

法律では人文学に特有な活動などはあまり考慮されていませんので、上記の共同研究では法学者の石岡克俊さんとゼロから考えていく作業を行ってきましたが(本書が対話形式になっているのはそのためです)、人文学とはどのような学問なのか、人格とは何か、みたいなことを考え直すきっかけにもなりました。

ということで、よろしかったら手にとって見て下さい。Amazonで買えない場合は漢情研編集書籍 オンラインショップをどうぞ。

これまでの海外の学会

哲学・思想・宗教 情報

思うところあって、これまで参加してきた海外の学会をまとめてみた(師 茂樹 - 研究者 - ReaD & Researchmap等ですでに公開されている情報ではあるが)。海外なのに日本語で発表しているのも何回かある(逆に日本での発表なのに英語で発表している場合は除いている)。

  1. Electronic Buddhist Text Initiative, 1999 Taiwan Meeting(1999年1月18-21日、台湾:中央研究院)
  2. Electronic Buddhist Text Initiative, 2001 Seoul Meeting(2001年5月25-26日、韓国:東國大學校)
  3. 韓・日共同印度学仏教学学術大会/日本印度学仏教学会・第53回学術大会(2002年7月、韓国:東國大學校)
  4. Yogācāra Buddhism Symposium(2002年9月、カナダ:カルガリー大学)
    • 師茂樹「「私」を書き残すために ―松本史朗「縁起について」の可能性―」(『GYRATIVA』3、2004年3月)はこの出張での体験を下敷きにしている。
  5. 2004年韓国仏教学結集大会(2004年5月1-2日、韓国:中央僧伽大学)
  6. 2004金剛大学校国際仏教学術大会(2004年10月、韓国:金剛大学校)
  7. 情報処理学会・第76回人文科学とコンピュータ研究会研究発表会/東南科技大学2007国際シンポジウム「人文科学とコンピュータ科学」(2007年9月、台湾:東南科技大学)
  8. 2010年度 第15回 元曉學研究院 學術大會「元曉學_諸問題II」(2010年11月12日、韓国:仏国寺文化会館)
  9. 第一屆慈宗國際學術論壇(2013年8月23-25日、香港:香港理工大学)
  10. Logic and culture: Theories of logic in Buddhist, Muslim and Aristotelian scholastics(2013年11月12-15日、ネパール:Lumbini International Research Institute)

大学の業務等でいくつか断っているとはいえ、たいして行ってないなぁ。これからも機会があれば積極的に参加したい。

愛国心を考える

最近また愛国心教育が話題になってきたので。

愛国心を考える (岩波ブックレット)

愛国心を考える (岩波ブックレット)

2007年9月、つまり東日本大震災の前の出版となると、ずいぶん昔の話にも思えてくるが(東日本大震災の「画期」感は強いですな)、実際に読んでみたらちっとも古びていない。むしろ今の時期に読まれるべき本の一つではないか。さくっと読めるし。以下メモ。

  • 日本の愛国心は、明治期に、近代の概念とともにヨーロッパから輸入されたもの(8ページ〜)。
  • 13世紀までヨーロッパでは、ネーションが帰属意識の対象となることはなかった(10ページ〜)。
  • 14世紀頃から始まったパトリオティズムは、宗教的な「血の犠牲」の観念を含む。祖国のために人を殺し、死ぬことこそが「至上の犠牲」(13ページ)。
  • 歴史的に見れば、ムスリムには信仰共同体(ウンマ)に対する帰属意識(コスモポリタニズムに近い)はあっても、ナショナリズムパトリオティズムは見られない。近年のムスリムナショナリズムは西欧の植民地主義への反応(13ページ)。
  • 18世紀の、共和制や民主主義を提唱する革命家たちも、王権に対してネーションを対置する形で愛国心を発露した(16ページ)。
  • 会社も愛社精神を重要視するが、単なる訓示や社歌を歌わされるだけの愛社心の涵養は、組織の成功には結びつかない(22ページ)。
  • 愛国心とは、「私たちの国はどんな国か」や「私たちの国がなりうるもの」を表す一連のイメージに対して、人々が感じる愛情のことである。」(25ページ)そして、人々の抱くイメージは多種多様。
  • 「日本でも、愛国心は当初、「革命的」な思想であった。」(28ページ)
  • 大日本帝国は、植民地朝鮮にのみ「愛国日」を導入した。「愛国心を涵養しようとする上からの取り組みは、それらの臣民の自発的な愛国感情に政府が疑問を抱いている状況で、とくに強化される傾向がみられる。愛国心が本当にすべての人々が抱く自然で自発的な感情であれば、そもそも政府はそれを促す必要ななかっただろう。普通の人々が、十分愛国的でなかったり、間違った愛国心を持っていたりするからこそ、政府は愛国教育のキャンペーンを行う必要があったのである。」(33ページ)
  • 第二次大戦後から1960年代初頭までは、むしろ日本における愛国心をめぐる議論がもっとも活発で生産的な時代のひとつであった。「しかし、戦後の愛国心は明治時代や一九三〇年代のそれとは性格が異なる。「愛国心」の意味は人によってさまざまである、という幅広い認識がみられた。…全体として一九四〇年代後半と五〇年代の「愛国的行動」は、倹約でも自己犠牲でもなければ、日の丸でも君が代でもなく、自分の国をよりよい国にしようとする作業の中で定義される傾向がみられた。」(39ページ)
  • 愛国教育には、愛国的な行動のモデルとして提示される人物がつきものである。日清戦争で、最後まで自分の持ち場を離れずにラッパを口に加えたまま死んだ木口小平など*1(42〜43ページ)。
  • 「…日本でもジンゴイズムや外国人恐怖症(ゼノフォビア)が増大しつつある。日本のケースでは、これらの醜い感情の主なはけ口の一つがインターネットであり、そこはチャットグループによる憎しみと人種主義的な言葉で満たされている。…愛国的なシンボルと、さまざまな「他者」に向けられた憎しみの言葉は結びつき、国に対する弱々しい従属的な愛情を表す。それは「自分の国のために何ができるか」と問いかけるのではなく、「自分の国の強さは、日常の恐ろしい問題から私を守ってくれるのか」と問いかける愛情である。」(64ページ)

こういう本が500円程度で買えるんだから、日本ってすばらしいよね(←愛国心)。

*1:東日本大震災で、最後まで自分の持ち場を離れずに防災放送を続けた南三陸町職員の遠藤未希さんが、道徳教科書に載るという話とだぶる。http://togetter.com/li/247740

縄文少年ヨギ

ちび向けに買ったものだが、読んでみた。

縄文少年ヨギ (ちくま文庫)

縄文少年ヨギ (ちくま文庫)

水木しげる作品を読むたびに思うのは、一見近代人風なふるまい、話し方をするキャラクターたちが、前近代的なものや超常現象的なものに対峙した時に、何の抵抗もなくすっと受け入れることの、なんとも言えない心地よい脱力感みたいなものである。この作品でも、それを楽しむことができた。

虫と歌 市川春子作品集

SF マンガ

読んだ。まあまあ面白かったが、いまいち印象が弱いというか。

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)