一応、日本達磨宗の研究をしているので、一度は訪れたかったのがこの場所。大阪経済大学70周年記念館のところにある。


大阪市顕彰史跡第187号
禅宗を独修した大日房能忍が仁安3(1168)年に建立した禅寺で、全盛期には七堂伽藍を備え、一千人もの僧侶がいたと伝えられる。宏壮な規模を誇った三宝寺であったが17世紀末には廃絶したとみられる。
三宝寺跡伝承地(東淀川区大隅・大桐・瑞光)【大阪市顕彰史跡第187号】
三宝寺は平安時代末期に大日房能忍によって開山された禅宗寺院で、当地一帯にあったと伝えられる。能忍は、禅宗を独修して達摩宗を興し、臨済宗の開祖・栄西に先んじて禅宗を広め、文治5(1189)年には弟子を中国・宋の阿育王寺へ派遣し正当な禅宗としての印可をえた。こうした能忍の手腕もあって三宝寺は七堂伽藍が林立する巨刹となり、日蓮から攻撃対象とされるほどに教勢は振っていた。
能忍は建久年間(1190〜99)に没したといわれるが、三宝寺は弟子たちによってその後も維持され、寛正2(1461)年の『崇禅寺文書』にも広大な寺領をもち、多数の子院と作人を抱えていたことが記されている。しかし延宝3(1675)年出版の地誌『芦分船(あしわけぶね)』を最後に三宝寺の記載はとだえ、17世紀末には廃絶してしまったと思われる。