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Avatars of Storyなど

最近、ブログの更新が滞っているうえに、ラノベとかゲームとかのことしか書いていない、と思われるかもしれない。たしかにまったくもってそのとおりなのだが、更新が滞っていることについては弁解の余地はないものの、ラノベとかゲームとかのセレクションについてはちょっとした背景があるので、少し書いておきたい。

Digital Humanitiesなどと称される、欧米の人文学におけるコンピュータを利用した研究領域は、日本の同種の研究領域(俗に「じんもんこん」などと呼ばれることもある)と、共通するところ、共通しないところが様々に指摘されるが、共通しない所の一つとして、欧米にはハイパーテキスト文学やInteractive Fictionなどのインタラクティヴィティを持つ文学的ジャンル、あるいはDigital PoetryやRobotic Poeticsなどといった詩の自動創作の分野があるが、日本ではほとんどそれらが研究されていない*1、という点があると思う。Digital Poetryについては以前短い文章を書いたことがあるが(ユリイカ 2011年10月号 特集*現代俳句の新しい波 - もろ式: 読書日記)、最近ではインタラクティヴな文学的作品ジャンルにも興味が湧いて、いろいろ調べているところなのである。

ここで言う「インタラクティヴな文学的作品ジャンル」とは、簡単にいえばコンピュータゲーム、特にアドベンチャーゲームとかノベルゲームとか言った文章を読ませることが主体となったインタラクティヴなゲームのことである。最近ブログでとりあげている『まおゆう』や『ログ・ホライズン』はゲームに対する批評的なフィクションであり、また『403 Forbidden』などのゲームなどはまさしくゲーム(しかもちょっとメタ的な視点が入っている)なので、かっこつけて言えば研究活動の一環として読んだりプレイしたりしているのである(まあ、人文系研究者においては日常と研究との区別がつきにくい場合も多いが)。

で、最近中心的に読んでいるのが、マリー=ロール・ライアン氏によるこの分野の研究書である。たとえばこれ:

Avatars of Story (Electronic Mediations)

Avatars of Story (Electronic Mediations)

マリー=ロール・ライアン氏についてはフィクション論の大著『可能世界・人工知能・物語理論 (叢書 記号学的実践)』で知ったが、上の本も物語理論によってInteractive FictionやDigital Poetryなどについて分析しており、またライアン氏自身もこの手の作品制作に携わった経験があるとのことで、読んでいていてけっこう刺激的である。日本でも最近盛んになってきたコンピュータゲーム研究の業界で、ライアン氏のこれらの著作についてどの程度引用されているのかわからないが、一般キャラクター論的にはフィクション論は理論的に重要な位置を占めているので、参考になるところも少なくない。

*1:まったくないわけではなくて、たとえば小方孝氏らの研究は一時、じんもんこんで発表されていた。[asin:4762020400:detail]