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聖地と聖人の東西 起源はいかに語られるか

北條勝貴さんよりご恵贈頂きました。ありがとうございます。

聖地と聖人の東西  起源はいかに語られるか

聖地と聖人の東西 起源はいかに語られるか

縁起の東西 聖人・奇跡・巡礼 (アジア遊学 115)』の続編にあたる論文集ですが、大変充実した内容となっています。目次は以下のとおり(聖地と聖人の東西 : 勉誠出版から転載)。

  • 序言 藤巻和宏
  • 第一章 聖地の成立と変容
    • 総説 藤巻和宏
    • 聖地の地下には―日本中世の宝珠・舎利信仰の一隅より― 藤巻和宏
    • 皆骨山から金剛山へ―「金剛山」名称誕生と十三世紀の高麗社会― 龍野沙代
    • インド亜大陸聖地曼荼羅の縁起 ―ナーローパ作『吉祥なるチャクラサンヴァラの化現』と『二十四地の由来説話』― 杉木恒彦
    • 顕現する天上都市、遍在する永遠の都 ―中世後期南ネーデルラントの宗教儀礼と都市の聖地化― 青谷秀紀
  • 第二章 聖人伝の生成と展開
    • 総説 水口幹記
    • 〈成尋伝〉への可能性 水口幹記
    • 神に招かれた聖人―無学祖元の赴日因縁をめぐって― 江 静
    • 菩薩の化現・現相 ―中国五台山の文殊菩薩化現信仰と朝鮮王朝世祖代における如来・菩薩の現相― 松本真輔
    • 事実と虚構―インド後期密教のある聖人伝を巡って― 倉西憲一
    • アトス山の静寂─総主教アタナシオスとビザンティン・ヘシカズムの接点― 橋川裕之
    • 聖王の言葉の再編成―『聖ルイ殿の生涯』における韻文構築原理に関する覚書― 黒岩 卓
  • 第三章 聖地をめぐる言説・儀礼・実践
    • 総説 北條勝貴
    • 聖地における本地仏と儀礼―中世石清水八幡宮愛染明王信仰― 舩田淳一
    • 先達の物語を生きる―行の実践における僧伝の意味― 北條勝貴
    • 十一夜の祭りの物語 ―中世ヒンドゥー教におけるエーカーダシーヴラタの起源をめぐって― 井田克征
    • エウリピデス『イオン』における縁起譚と宗教儀礼 宮城徳也
  • 第四章 聖人と聖遺物の図像学
    • 総説 黒田 智
    • 懺悔の肖像―奈良・来迎寺の善導大師坐像をめぐって― 小野佳代
    • 弘法大師の十五夜―願われた死の日時― 黒田 智
    • 一休画像と画賛 陳 小法
    • 光り輝くシヴァ神の聖地―リンガ寺院の神話と象徴― 山口しのぶ
    • 名と形の間に―ブラケルネ信仰とエレウサ型聖母子像― 菅原裕文
  • あとがき

この目次を一覧するだけで、大変充実した内容であることがわかると思います。方法論懇話会で共に学んだ北條さんや水口さん、あるいは別の研究会でいろいろ教えてもらっている舩田さんなど、知っている執筆者はいずれも実力のある方々ばかりです。

特に関心があったのは、北條さんの「先達の物語を生きる―行の実践における僧伝の意味―」ですね。「花園大学国際禅学研究所・修行と身体班/宗教思想・文化研究会共催シンポジウム: 身体からはじま(め)る思想(史)のご案内」などで元となるような発表を聞いていますし、いろいろ議論をしてもきましたが、自分の最近のテーマの一つである「修行と身体」の問題に非常に関わってくることなので、まっさきに目を通しました。内容的には「鹿島徹さんの〈物語り論的歴史理解〉を、東アジア史の枠組みで実証したもの。以前から神仏習合研究のなかで触れていた修行テキストとしての僧伝の使用を、ホワイトの"practical past"の概念と絡めて明らかにした」と北條さん自身が仰ってる通りですが、とりあげられている僧伝には好相行(仏菩薩の姿を目の当たりにする行)や山の神様との邂逅などの神秘体験が書かれているものが多く、それがらみで拙論「五姓各別説と観音の夢 『日本霊異記』下巻第三十八縁の読解の試み」も引いて頂いております。

ちなみにこの本は、北海道大学で開催された日本仏教学会の学術大会で発表する際にいっしょに持って行って、ホテルに寝っ転がりながら読んでいたのですが、ちょうど自分の発表「占察経の成立と受容―なぜ占いが必要とされたのか」の問題意識と重なる所が多く(まあ、これまでの議論を考えれば当たり前といえば当たり前かも (^_^;;)、発表前の緊張ともあいまってかけっこうハイな状態で読めたのでした。私の発表は、天台大師が『釈禅波羅蜜次第法門』などの修行マニュアルのなかで好相行の解釈が多義的であること、解釈の曖昧さみたいなものが残ってしまうことを言っているのを指摘した上で、天台大師の懺法の影響を強く受けている『占察経』は、その曖昧さの解消のために占いが採用されたのではないか、みたいな仮説を述べてみたものです。北條さんの論文に引きつけて言えば、神秘体験をいかに言説化するか(多義的で曖昧さのある神秘体験をいかにして宗教的な「(大きな)物語り」に回収するか)、という問題系として『占察経』の占いを捉えることができるのではないか、という感じでしょうか。いろいろ課題はありますけど、発表自体はおもしろがってもらえたようでした。

私の発表の前のセッションで、コメンテーターをしていた大正大の廣澤隆之先生が、密教に関する発表に対して神秘体験をいかに言説化するか、みたいな問題についてしゃべっていたので、これまたなんてシンクロニシティと思いながら、北條さんの上の論文を紹介しつつTwitterでつぶやいたら、特にキリスト教関係の神秘思想研究について様々な示唆を頂くことができ、これまた大変勉強になったのでした(参照:「神秘体験の再現への志向」をめぐって(キリスト教、仏教の場合) - Togetter)。紹介された書籍は以下のとおり:


キリスト教神秘思想の源流

キリスト教神秘思想の源流


キリスト教東方の神秘思想

キリスト教東方の神秘思想


西洋神秘主義思想の源流 増補版

西洋神秘主義思想の源流 増補版


神秘主義―超越的世界へ到る途

神秘主義―超越的世界へ到る途



宗教言語の可能性―愛智の一風景・中世

宗教言語の可能性―愛智の一風景・中世



他者との出会い (シリーズ物語り論)

他者との出会い (シリーズ物語り論)


原初のことば (シリーズ物語り論)

原初のことば (シリーズ物語り論)


彼方からの声 (シリーズ物語り論)

彼方からの声 (シリーズ物語り論)


公共哲学の古典と将来 (公共哲学叢書)

公共哲学の古典と将来 (公共哲学叢書)