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村上専精『活用講述 因明学全書』における因明理解

先にメモ的に書いた大西祝『論理学』における因明理解 - もろ式: 読書日記の続き。大西とほぼ同時代の村上専精(1851-1929)の『活用講述 因明学全書』*1における因明理解も興味深いものがあるので、簡単にメモしておく。

普通的/抽象的

村上は、従来の因明学の書籍が、伝統的で難解な表現を用いていることから、一般の読者にとっては「死物」であると断言する。

古今因明学ノ書籍ハ…其文章ノ通常ナラサルト其名目ノ普通ナラサルト其論法ノ今日ニ関係ナキ事柄ナルトノ三件ニ原由スルモノナリ故ニ其書多シト雖モ殆ト死物ト成レル状況ナリ…故ニ余ハ務メテ文章并ニ名目ヲ普通ニシ且ツ論法ハ凡テ現今ノ事情ニ就テ設ケタリ是レ本書ノ題上ニ活用講述ノ四字ヲ冠ラセタル所以ナリ (p. 4)

それに対して村上は、伝統説に依りつつも、説明のための論式を(古代インドの諸学派の説ではなく)当時の人にも分かる「現今ノ事情」にあわせるなどしてそれを「抽象的」かつ「普通的」にし、「普通学」として学べるようにするためにこの本を書いたという。

余ハ慈恩ノ因明大疏六巻ヲ抽象的ニ且ツ普通的ニ諺訳シテ本書一巻トナセリ。(p. 2)

余ハ古来慣用ノ論法ヲ用ヒス凡テ現今ノ事件ニ就テ新工夫ノ論法ヲ組織シ以テ因明ノ論理法ヲ説明スルカ故ニ古来流行ノ因明書ニ比スレハ大ニ簡略ナル一小冊子トナレリ…一小冊子ナレトモ余ハ此ニテ普通学ニ志ス者ノ因明学一班ヲ知ラントスルニハ事足レリト信スル者ナリ (p. 3)

このような態度は、村上の因明学の師である雲英晃耀のそれと似ている。雲英は、帝国議会の設置や初の衆議院議員選挙などを睨みつつ、「議論演説訴訟公判弁論」のために因明を普及させることを目的とした因明学協会を立ち上げたりするなど、明治期の急速な近代化のなかで因明を(西洋論理学に対抗して)普及させようとしていた人である。とは言え、雲英の書籍は相変わらず伝統説を祖述するようなものであったが、村上はこの理念を一歩進める実践として「普通」化を行ったのではないかと考えられる。

キリスト教に対する態度

上のような因明の「普通」化において、「現今ノ事情」にあわせた論式の例を出す際、しばしば論争の相手役として使われたのがキリスト教(の思想)であった。すなわち本書では、過失があって成立しない論式の例などに、キリスト教の思想を使ったりするのであるが、そこに他意はないとする。

余敢テ本書ヲ著ハスニ就キ駁邪的思想ヲ懐ケルニアラス (p. 5)

方法としての因明

村上は、自分が因明学を研究しているのはあくまで仏教研究のための方法であると強調する。

余ハ仏教研究ヲ以テ専門トスル者ナリ…余ヲ因明学ニ熱心ナル者ト想フヿ勿レ (p. 6)

彼レ西洋ノ論理学ハ百科ノ学問ニ多少ノ関係アルカ如ク印度ノ因明学ハ歴史上仏教ニ大ナル関係アルモノナリ故ニ仏法ノ教理ヲ研究セントスルニハ予シメ因明学ノ一斑ヲ知ルヿ頗ル必要ナリ是ヲ以テ余仏教ノ一大全書ヲ編纂セントスルノ楷梯ニ供センカ為ニトテ本書ヲ著述セリ (p. 6)

因明学と真理との関係

しかしながら、因明は単に仏教研究に限定された方法ではなく、人間が真理を求める活動全般に関わるものであると考えていたようである。その背景には、上記の「普通学」としての因明が必要だという村上の因明観があったかもしれない。

村上によれば、「(西洋のロジックと東洋の因明学の両方を含んだ広い意味での)論理学」においては、大きく分けて二つの真理が探求される。一つは「直接的分担真理」。すなわち「学問ノ範囲ニ従ヒ各々其真理ヲ分担セリ」と言われるように、各学問にはそれぞれ固有の「真理」が存在するが、「論理学」にも「論理ノ法則」という研究すべき「真理」がある。もう一つは「間接的関係真理」、すなわち各学問分野がそれぞれ「真理」(「他諸学ニ研究セル真理」)を追究する際に、「(広い意味での)論理学」が必要である、ということである。方法としての「論理学」である。

村上は、後者について「天地万有ノ真理」と名づけ、次のように述べる。

因明学ト真理ノ関係ト題言セル真理ハ二者ノ中天地万有ノ真理是ナリト思ヘ (p. 36)

そして、因明学と「天地万有ノ真理」との間には次のような二方向の関係が見られる。

因明学ハ真理ヨリ出テゝ還タ真理ニ入ントスルモノナリト謂ハサルヲ得ス (p. 36)

このうち「真理ヨリ出テゝ」については、「未顕現ノ真理ハ因明学ノ興起スル原理ノ原理ナリト謂ヘキ歟」(p. 37) と述べられている。ここで「原理ノ原理」と言われているが、一つ目の「原理」とは、村上が、

因明学ヲ組織シタル原則ハ一致ト差異トノ二大線ニ由リ甲既知界事件ト乙未知界事件トヲ比較推縯スル自然的思想ノ運用ニアリ (p. 33)

と述べている既知界から未知界を「比較推縯」する「因明学の原則」のことである。一方、二つ目の「原理」は、その「原則」を起すために必要な「未顕現の真理」である。既知のことがら、あるいは直接知覚することがらができることであれば、推論のための「論理学」は必要ない。

他方の「真理ニ入ントスル」については、次のように述べられている。

夫レ因明ハ立敵対論ノ言語ヲ訂正スルカ研究ノ目的タルニ相違ナシ然ルニ言語ヲ訂正スルハ何ノタメ乎ト更ニ第二ノ目的ヲ討ヌルトキハ万有ノ真理ヲ明メンカ為メナリトイハサルヲ得ス (p. 39)

余真理ハ因明学ノ目的ノ目的ナリト断言スルニ躊躇セサルナリ」(p. 40)

ここで言う「目的ノ目的」のうち、前者については議論の際に「言語ヲ訂正スル」方法を研究するのが因明学の目的であるとし、後者については議論の目的である「真理」である。

なお、「天地万有ノ真理」について、村上は「人為的ニ搆造スヘキモノニアラス本来自然ニ存スルモノナリ」(p. 36) と説明しており、その意味で村上は構成主義的ではない。また、大乗仏教の代表的な真理である空や真如が言語を超越したものとしてしばしば説かれることを考えると、「論理学」を「真理」研究の方法として位置づける村上の態度は、独自なものと言えるかもしれない。

「思想」と「言語」

ところで村上は、上に述べた「真理ニ入ントスル」ために行う「自然的思想ノ運用」による「真理」の探究を「自悟門」と呼び、「真理ヲ明メンカ為メ」に「言語ヲ訂正スル」のを「悟他門」だと呼んでいるが、ここでの「思想」と「言語」は、西洋の「ろじっく」と東洋の因明学とにそれぞれ対応するという。

  • 思想=真理ノ攻究=西洋ノろじっく=「個人的思想ノ点ニ就キ運用ノ方式ヲ研究スルモノ」
  • 言語=自他互ニ問答往復=因明学=「立敵対座ノ場合ニ就キ言論ノ方式ヲ訂正スルモノ」

「西洋ノろじっく」は、他人からは見えない内面(脳内、心の中)などで「真理ノ攻究」のために用いられる「(広い意味での)論理学」であるという面が強い。一方、因明学では、もちろん「真理ノ攻究」のためにも用いることができるが、討論などのために「思想」を言語化したものであるという面が強い。ただし、村上の言う「(広い意味での)論理学」は、原則としては「思想」と「言語」両方に関わるものである。

夫レ論理学ハ思想ノ運用トシテ真理ヲ攻究スルト共ニ又甲乙相対シ言語ヲ以テ真理ヲ論諍スルニ就キ其方法并ニ原理ヲ穿鑿スルノ学科ナリ (p. 12)

ちなみに村上は、「実ニ思想汝ハ吾人ヲシテ天地間ノ主宰者タラ令ル好材料ナリ実ニ言語汝ハ吾人ヲシテ各動物界ノ主権者タラ令ル好器械ナリ」(p. 11) と述べていることからも分かるように、人間が「思想」と「言語」を有していることで世界の頂点に立っているというようなキリスト教的な考えを持っていたようである。

西洋の論理学との比較

村上は、「余ハ因明即チ東洋ノ論理学ヲ修メテ西洋ノ論理学ヲ未タ修メサル者ナリ」(p. 7) と言い訳をしつつも、西洋の論理学(「ろじっく」)と東洋の因明とを比較している。

同じ点

村上は、原則として両者を同じものであると考えている。

ろじっく 縯繹法ト皈納法ノ両部門アリ 三段論法 大前提 断案 媒語
因明 帰納法ノ実験或ハ観察ニ由テ得ヘキ縯繹的論理法 三支作法 同喩 因由

すなわち、西洋に演繹法と帰納法があるように、因明もその両面を備えている(ただし、村上の帰納法の説明は、大西の論文にほぼ同じものがあり、大西の紹介した西洋論理学の説に依存しているかもしれない)。特に顕著な共通点は三段論法と三支作法がほぼ同様の形式を持っていると言う点である。

一般ニ遍通スル大綱ヨリ一部分ニ局レル綱目ノ中ニ解入スト云ヿトハ彼此同皈ナルト云ハサルヘカラス (p. 12)

余ノ見解ハ東洋西洋ノ隔テナク縯繹帰納ノ別モナク論理学トイヘハ一般ニ既知界ヨリ未知界ニ推究スル意味ハ多少含蔵セルモノト断定スルナリ (p. 13)

彼此ノ論理学其起原ハ東洋西洋殊ナレトモ其論理ノ大法ハ彼此遠ク異ナルモノニアラサルヲ知ル (p. 15)

異なる点

一方、異なる点としては、以下のような点があげられる。

ろじっく 大前提→小前提→断案 喩依ヲ用ヒサル 異喩ヲ用ヒサル 自悟主義ノ論法
因明 宗(断案)→因(小前提)→喩(大前提) 喩依ヲ用ユル 異喩ヲ用ユル 悟他主義ノ論法

村上に言わせれば、先に見たように因明は他との議論を大きな目的としているので、宗因喩という順番が自然であり、また具体例(喩依)等も用いることになるのだ、という。したがって、

豈因明三支ノ順序ヲ以テ彼レ三段ノ順序ヲ改作スヘケンヤ (p. 20)

豈ろじっく三段ノ順序ヲ以テ因明三支ノ順序ヲ改正スヘケンヤ近頃彼レノ順序ヲ以テ此レノ順序ヲ改メントスル人アリト聞ク余ハ之ヲ評シテ因明ノ特色ヲ打破スルモノトイハサルヲ得ス (p. 22)

と述べるように、因明の三支を三段論法の順番に書き換える人々には批判的である。村上の師である雲英晃耀は、『東洋新々因明一斑』(1890年6月)のなかでそれを行っており、大西祝「雲英晃耀氏の読哲学会雑誌因明論」(1890年8、10月)で早速批判されているのであるが、村上もまた師に対して批判的な態度をとっていると言えるのかもしれない。

因明史

村上は原則として、サンスクリット文献等を用いた近代的な仏教学以前の、伝統的な因明学の時代の人であるので、原則としては伝統説に則っている。しかしながら、ところどころ、伝統説に対する批判も見られ、後の大乗非仏説との関連でも興味深い。

仏教と因明

村上は、因明を仏説とする伝統説に対して、「仏ハ因明学ノ開祖ニアラス只是レ応用者ナルノミ」(p. 43) という立場を表明する。

余ハ…因明ハ仏説ニアラスト云説ヲ取ル者ナリ (p. 42)

余ハ足目ヲ以テ因明学ノ元祖ナルモノトス (p. 101)

釈迦の因明(『解深密経』などに見られるもの)は、ディグナーガらが完成させた後世の因明学から比べれば、不完全なものである、と村上は言う。そして、一切智者である釈迦が因明を完成させなかったのはなぜか?という自問に対しては、

仏陀ハ一切智人ナルカ故ニ因明ヲ見ルヿ冷淡ナルカ如ク敢テ因明ノ論式ニハ拘泥セサルナリ…仏陀ハ一切智人ナリ当時五印度中ニ充満セル諸学派諸宗教ノ論客中ニ超然卓然曾テ其比ヲ見サル大悟者ナリ故ニ之ニ遇フ者ハ論セントシテ論ノ唇ヲ開クヿ能ハス之ニ謁スル者ハ闘ハントシテ闘フヿ能ハスト云フ風情ナリ (p. 156-157)

と述べている(一切智者には因明は不要である、と理解していたか)。

だからと言って、因明が完全に仏教から独立したものであるか、というわけではなく、

歴史的ニ之ヲ考ルニ因明学ノ長者ハ足目天親陳那天主ノ四大論師ニアリトイハサルヘカラス (p. 156)

と述べているように、因明を発展させ完成させたのは仏教徒なので、その意味は因明は仏教と大いに関係があると言う。

古因明と新因明

古因明と新因明をディグナーガの前後によって分け、前者の特色を九句因(村上は「比例法ノ規則」[p. 100] という)、後者を三支作法と因の三相によって代表させるという、伝統説に基本的には則っている。

言ノ三支、義ノ三相ト云ヿヲ考ヘ出シタハ陳那論師ナリ凡ソ陳那ノ発明論多シト雖モ論法上ニ其効偉大ナルモノハ三支門三相門の考ヘニアリトイハサルヘカラス (p. 231)

しかし、

十四過類ハ本ト足目ノ考按ナリト云ヿハ理門論ニ出タレトモ九句因モ足目ノ考按ニ出ヅト云ヿハ余未タ確証ヲ見ス但慈恩ノ語ニ足目標㆓真似㆒トアルノミ然レトモ今ハ古来因明家ノ伝ルトコロニ拠ル (p. 69)
余不審ニ堪ヘサルヿハ古今ノ因明家ガ因明学ノ来歴ヲ穿鑿スルニツキ源唯仏説ト云ヿヲ喋々弁論スルニモ係ラス未タ論ノ龍樹及ハサルコト是ナリ (p. 110)

というように、九句因を足目の説とする伝統説に対する批判的な視点もある。

ベン図的な図による理解

村上は『因明学全書』のなかで数多くのベン図(のような図)を用いている。大西祝『論理学』における因明理解 - もろ式: 読書日記でも紹介したように、大西祝は古因明の説明において、排中律を前提としない多値論理的なベン図を否定的に紹介していたが、村上は逆に、因の三相という新因明の特色を下のような図を使って肯定的に説明しているところが興味深い。

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*1:これも近代デジタルライブラリーで読める。