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大西祝『論理学』における因明理解

今年度の前期、京大の非常勤では「東アジア仏教論理学(因明)とその近代における受容」という講義をしている。その中で、大西祝(1864-1900)の『論理学』*1という本で因明が概説されているのを紹介したのだが、これがなかなか興味深いものであったので、以下、簡単にメモっておく。なお、以下のメモの中には、講義に出席していただいている出口康夫先生からいただいたコメントも含まれている(感謝申し上げます。ただし間違いは全部師の責任)。

大西祝『論理学』について

平山洋氏の『大西祝とその時代』によれば、本書は次のような経緯で書かれたものであるという。

さて、明治二十四年の専門学校講師就任以降、祝は講義録作りに追われることになる。同年十月創刊の『早稲田文学』には、さっそく『論理学』の第一回が載せられた。それは、月二回発行の同誌におおよそ隔号十七回に亙って連載され、明治二十五年十二月に一応の終了をみている。『全集』第一巻に収められている『論理学』の第一編の原型というべきもので、内容は形式論理学の概説である。さらに、明治二十五年六月からは「形式的論理学ノ三段論法、因明ノ三支作法並弥児ノ帰納則ヲ論ズ」を翌二十六年九月まで六回にわたり『哲学雑誌』に載せている。形式論理学とインドの論理学である因明を組み合わせて論じようとしたものである。すでに大学時代の明治二十二年七月から十月にかけて「因明につきて」を『哲学会雑誌』に載せているので、彼の因明への関心にも相当深いものがあったことが分かる。(p. 162-163)

その後、1906年から早稲田大学の教科書になったりもしたらしい。1906年、胡茂如氏による中国語訳が出版され、それが近代中国における因明の復興に大きな役割を果たしたとのこと(鄭偉宏『漢伝仏教因明研究』)。

大西の『論理学』や関連論文に関する研究は少ない。というか、多分ほとんどないようである(もしあったらぜひ教えてください)。

『論理学』における因明理解 (1)

以下のページ番号は『論理学』のもの。

因明は「科学」

大西は因明のことを一種の「科学」だと考えていたようである。

因明は声明、医方明等と共に古代インドに於いて攷究されたる一科学にして其目的は因を明かにするにあり。(p. 202)

「新しき論理学」

『論理学』は、大きく分けて、第一篇「形式論理」、第二篇「因明大意」、第三篇「帰納法大意」という構成になっている。これは、演繹/帰納という図式を前提としたものであり、大西の理解では因明は古因明=帰納から新因明=演繹へと発展した論理学であるという認識がなされているので、演繹と帰納のあいだに挟まれている。

そしてこの三つが論理学の全体をカバーしているので、これらを研究することで「新しき論理学」の研究に進むことができるという。

形式論理と因明とミルの謂ふ帰納法とに通ぜば、従来最も広く世に行はれたりし論理説の要領はほゞ之を知り得たりと云ふべく、又新しき論理学の研究に進み入るの準備はこゝに成れりと云ひて不可なかるべし。(p. 4)

ちなみに大西のいう「研究」は、マシュー・アーノルドの影響下にある批評主義(客観的な批評は思想や文学の発展において重要である)であり、歴史的発展の研究が不可欠であるという立場である。

因明理解の不十分さ?

上の引用にあるように、大西の因明研究は19世紀末の明治20年代に行われており、20世紀以降のサンスクリットチベット文献を用いた仏教論理学研究以前の時代である。したがってその研究は『因明入正理論』をはじめとする漢文仏典に基づいた伝統説に依存しており、「陳那天主以後因明には顕著なる進歩なし」(p. 204) という発言や、ディグナーガの創案とされる九句因をディグナーガ以前の「古因明」とする反面、ディグナーガ以前に成立した因の三相説を「新因明」における創案のように述べている点*2は、時代的には仕方がないと言える。

不満足な点

大西は、因明研究について、次のような不満も述べている。

現量比量各々に真似の別あり。如何なる場合に現量又比量の誤謬を生ずるかは多少因明に於いて説く所あれど其の論甚だ細しからず。之を現今の心理学又智識学に論ずる所の精しきには比すべくもあらず。因明に於いて最も不足を感ずるは自悟の論なり。(p. 275)

『論理学』における因明理解 (2)

演繹的理解

大西はディグナーガ以前を古因明、以後を新因明と時代区分し、前者では例喩を用いた「例証的論法」、後者は例喩を残しているので機能的な面も残しているものの、ほぼ完全な演繹論理とみなしている。

又因明は形式論理に比すれば多少帰納論理の趣を帯ぶる所なきにあらねど、大体は演繹論理の姿を具へて機能的方面に於いて甚しく粗なる所その大欠点なれば、是れ亦おのづから此の方面の研究を促し来たらざる可からず。(p. 4)

…三支作法は喩依を掲げて事実上の拠処を眼中に引き来たるが故に一面西洋論理学者の所謂帰納法に渉る所ありと云ふを得べし。斯くの如く三支作法の全く形式的ならずして一面帰納法に渉るが如き所ある是れその論趣の三段論法と異なる最要の点なり。(p. 285)

新因明を演繹と考える根拠としては、大西がディグナーガの発明とする(上述)因の三相説を、排中律を前提とした全称命題を扱うものであると見なしているからである。たとえば、次のような論式があったとする。

  • あの山には火がある。(主張命題)
  • 煙があるから。(理由)
  • およそ煙のあるところには火がある。たとえば竈のように。(例喩)

このうちの「およそ煙のあるところには火がある」という法則性のことを喩体、この法則性を導き出した実例(「たとえば竈のように」)のことを喩依というのであるが、この喩体の「およそ〜」を全称命題と考えるのである。

仏学会より発兌する『仏教』第五十八号を見るに同会員林彦明氏が因明作法と西洋論理とを比較せられたる一文あり氏は曰く因明作法の喩体は西洋論理の大前提の如くに全称命題にはあらずして特称命題なりと、氏の意は約言すれば因明喩体の諸の言は全部総計の諸にあらずして多数之義を顕はす言なりと云ふにあり。…然れども予は寧ろ諸々は実に諸々にして総計の義なりと考ふ因明の作法をして論点窃取なりとの非難を逃れしめんが為めに諸々の言を多数の義に解するは寧ろ牽強付会の譏を免れざらん予は因明喩体の諸々は総計の義に解するが至当なりと考ふ又然るが故に因明の作法も要するに論点窃取なりとの非難を逃れずと考ふ予が林氏と意見を異にする所なり。(p. 311-313)

このような考え方を前提としているので、因の三相のうちの第二相は不要ではないか、ということも主張している。因の三相とは、次のようなものである。

  1. 理由(「煙がある」)が主張命題の主語(「あの山」)の属性であること。
  2. 理由(「煙がある」)が同類例(「火がある」ものの集合)の全部または一部に存在すること。
  3. 理由(「煙がある」)が異類例(「火がない」ものの集合)には決して存在しないこと。

この三条件が揃わない限り、正しい論証として成立しない、というのが因の三相説であるが、「およそ煙のあるところには火がある」が全称命題であり、同類例と異類例が排中律的な関係であれば、第三相が証明されれば(背理法と同様)第二相が自動的に証明されることになる。

…因の第一相と第三相とあらば宗は決定せらるべきにあらずや。此の処因明学者の未だ精考せざる所ならずや。

また、演繹論理であると考えれば、大前提に相当する喩体さえあれば実例(喩依)をあげる必要性もなくなるので、次のようなことが言われるようになる。

…喩依を解して只だ二三の事件を掲ぐるの外の意味なき者とせばこれを無用と云はざる可からず。(p. 244)

…新因明の第三支を喩と名づくるは古因明の遺物と見て可なり。(p. 245)

ベン図(?)を使った説明

大西は九句因の説明において、下のようなベン図(のようなもの)を用いている。現在、論理学の解説においてベン図を用いるのは一般的であるが、そもそもジョン・ヴェンがベン図(と後に呼ばれる図)を発表したのが1880年とのことなので*3、大西は割と新しい知識を応用していることがわかる。現在調査の途中であるが、因明の解説でベン図を使ったのはこれが最初の例かもしれない。

ところでこのベン図もどきはいささか奇妙な形をしている。これは大西が、九句因が用いられていた古因明の時代には主張命題が同類例(同品)と異類例(異品)のどちらにも入らない、と理解していたことに基づく。すなわち、論証する前の段階では主張命題が同類例と異類例のどちらに入るかはわからないので、同類例・異類例はあくまでも主張命題の主語(「あの山」)を除く限られた事例(「竈」など)に基づいた法則性を共有する事物の集合なのである。

(先に見たように大西は因の三相を演繹的に理解をしているので、上の小さな円は因の三相ではあり得ないものであるが)上の図の、上部の小さい円は因の三相でいう第一相、下の大きな円の右左がそれぞれ第二相・第三相に相当する。上の図は論証が成功している例であるが、たとえば上の円が塗りつぶされていて、下の円が右左とも塗りつぶされていなければ、「あの山に煙があるが、火があるところには煙はないし、火がないところにも煙はない」ので論証失敗となる。これは言い換えれば「Aでもなければ非Aでもない」というような排中律を前提としない論理表現を図示しているとも言える。

加えて大西は、上の引用に「因明の作法をして論点窃取なりとの非難を逃れしめんが為めに諸々の言を多数の義に解する」と言っていることから推測されるように、“主張命題が同類例(同品)と異類例(異品)のどちらにも入らない”という状態が論証の最初の段階において提示され、それがある手続きを経て全称命題となる、というようなプロセスを念頭に置いているようである。

この二つの特徴は、20世紀初頭の直観主義や構成的数学(数学的構成主義)の特徴を想起させる。大西は排中律を前提としない(彼の言う)古因明のあり方を、演繹論理に対して不完全なものと考えているし、また手続き的なあり方を「論点窃取」と言って批判している。しかしながら、否定的とは言え、19世紀末にこのような考えを示していた点は注目される。

*1:http://kindai.ndl.go.jp/で読める。

*2:桂紹隆「ディグナーガの認識論と論理学」(『認識論と論理学 (講座・大乗仏教)』)は九句因をディグナーガの創案とするが、伝統説では「足目の発明」(村上専精・境野黄洋『仏教論理学』p. 112など)とされる。一方因の三相については、伝統的には陳那の発明とされるが (ex. ibid., p. 11)、宇井伯寿によってアサンガ『順中論』に見られる例などが指摘されている。

*3:Venn diagram - Wikipedia, the free encyclopedia