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「飛翔体」は戦前の軍事用語の名残か

 なぜ「飛行体」でなく「飛翔体」なのか? - もじのなまえでの怒りのメッセージを受信。「飛翔体」と共に球春到来 - 日本語練習中で「防衛関係の用語で「飛翔体」といふ語句が元々何等かの形で存在したんぢゃなからうかといふ想像」と述べられており、私もそう思ったので国立公文書館 デジタルアーカイブアジア歴史資料センターを引いてみた。

そうしたら「飛翔体」は、“郵政省>電波技術審議会関係>電波技術審議会配布資料1-3 (1)”という階層の「報告草案546 (Rev. 76) に対する改訂提案 レーザを用いた飛翔体の姿勢決定システム」という平成12年の公文書しか見つからなかった。

一方「飛翔」という単語はたくさんひっかかるが、そのほとんどが戦前の軍事関係である。今回の事件に関連しそうなものとして、例えば昭和12年8月17日付の「情報委員会八・一七 情報第五号 外国無線局発信電報 一、上海 (XRA) 発 (八月十六日)」なる文書では、

(二)日本軍は領事団に対し 危険を惹き起す惧あるに鑑み、爆弾を搭載した日本飛行機は佛租界及び蘇州河以南の共同租界の上空は飛翔しない旨通告した

とあるし、また昭和14年7月18日の「内閣情報部七・一八 情報第六号 ソ連機越境偵察」という文書だと、

長嶺子南方駱駝山不法越境事件以来、我が方の厳重なる監視に鳴りを鎮めていたソ連側は、十七日午前五時頃、金安嶺正面梨樹溝口方面にソ連機四機が飛来し、土門子分水嶺方面の国境線を飛翔偵察して機影を没したが我が方では厳戒中である…(読みにくいので適宜読点を挿入)

とある。以上、単なるメモ。