卒論の添削を二本送り返した。けっこうしんどいなぁ。ぜーぜー。まあ、添削依頼が来なけりゃ来ないで気を揉むんだが。
ところで、Emoji: Public Review December 2008 (Unicode Symbols)が公開され、12月18日に同名のメールがUnicodeのメーリングリストに流れて以来、すでに200本以上のメールが同メーリングリストに流れ、議論が盛り上がっている。ちなみに日本人の投稿者は多分ゼロ*1。自分のことを棚に上げて言えば(いずれコメントすべきことがあったらしてみたいと思ってるけど)、日本発の絵文字のUnicodeへの登録がGoogleによってなされ、日本人以外の人々によって盛んに議論されているこの現状は、たいへん興味深い。
この間の議論を見ていると、いくつかの論点がある。大きな論点としては:
- 特定のランドマーク(富士山、東京タワー、自由の女神など)や特定の国旗(日の丸、星条旗など)など、収録されるシンボルに偏りがあるのではないか。特に国旗とか人種の表象(白人とか中国人とか)などには、政治的に大きな問題があるだろう。
- 風間さんが 絵文字の符号化は何が難しいのか? - Cafe Babeで指摘しているように、色の差で文字を区別をしたり(青ハートと緑ハートなど。安岡さんもコメントで「手に負えなかった」と言っているが、表を見てもハートマークは混沌としている)、アニメーションの有無で文字を区別したり(これまたハートマークが該当するが、それ以外にもパーとバイバイなんかは該当するかもしれない)と、これまでの文字コードの規格書では対応が難しい性質を絵文字が持っている点。
前者の国旗の偏りについては、解決案が出ていたようだ((PDF) Some suggestions about the encoding of national flags as requested by the Emoji proposal (L2/08-081))。「絵文字は日本の文化に強く依存したものである(ので偏りはしょうがない?/国際規格にはふさわしくない?)」という議論も出ている。まあ確かに、国旗や人種の表象などは、良くも悪くも日本人の外国観をよく表して(世界中に晒して)いると思う。
後者の問題はUnicodeの設計思想の根幹に関わるところである。「Unicodeが前提としているのはプレーンテキストだろ?」「色とかアニメーションとかは別レイヤーだろ?」みたいな意見が少なくない。もちろん、携帯電話ではプレーンテキストとしてこれらの絵文字がやり取りされているので、問題は複雑である。プレーンテキストなんて厳密な定義は不可能じゃん、みたいな議論もある(これに対して、「プレーンテキストにはASCIIとかLatin-1とかShift JISとかの時代に培われてきた伝統的な作法があるんだ」みたいな反論もある)。小形さんが 携帯電話の絵文字は文字なのか? - もじのなまえという問題提起をしているような、言語、記号、文字、メディアなどに対する根本的な議論を喚起するという意味では、この絵文字の提案は非常に興味深い。現時点での個人的な感想としては、絵文字は文字じゃないけどcharacterではある、みたいなところかな。
いずれにせよ、追いかけるだけでも大変なこの議論(他にも細かい論点はたくさんある)、どこかでまとめて報告したい気もするが。
…さて、そろそろ卒論の添削に戻ろうか。