明応8年(1499年)の日付がある『広隆寺来由記』*1には、中世の日本天台宗に関連づけることができる怪しい要素がいろいろと見られる。そしてそれは、摩多羅神を祭る広隆寺の牛祭*2や、木嶋坐天照御魂神社の三柱の鳥居について考えるヒントになるように思う。トンデモ説の可能性も高いが (^_^;; とりあえずメモっておく。
広隆寺の常行三昧堂
牛祭に出てくる摩多羅神は、源信が比叡山から勧請したと言われている。比叡山の常行三昧堂には、後戸の神として摩多羅神が祭られているのであるが、『広隆寺来由記』によれば広隆寺にもまったく同じような常行三昧堂があったようである。
常行三昧堂。三間三面。
観音勢至二菩薩。立像。高各一尺六寸。
阿弥陀如来。坐像。高三尺。
摩多羅神像。為念仏守護神。安置于後戸也。
残念ながら、江戸時代にはもうなかったようです。
異国の神々
比叡山の摩多羅神は、よく知られている通り、円仁が中国から帰ってくるときに現れた神様である。『溪嵐拾葉集』の「常行堂摩多羅神事」*3には、次のように言われている。
示云。覚大師自大唐引声念仏御相伝アリテ帰朝之時、於船中有虚空ニ声告テ云「我ヲハ名摩多羅神ト。即障礙神也。我ヲ不崇敬者、不可遂往生ノ素懐ヲ云」。仍常行堂ニ被感情也云云 口云、摩多羅神者、即摩訶迦羅天是也。亦是吒枳尼也。
これと同じような由来で語られるのが、新羅明神である。『園城寺龍華会縁起』には円珍の帰国時の記事として、次のようなことが書かれている。
老翁有リ。船中ニ現ジテ曰ハク「我ハ是レ新羅国明神ナリ。和尚ノ為ニ仏法ヲ護持シ、期スルニ慈尊ノ出世ヲ以テス」。是ノ言畢リテ其ノ形見ヘズ。
『広隆寺来由記』によると、広隆寺には「飛来天神」と呼ばれる守護神?がいたようである*4。新羅からやってきた異国の神であり、新羅明神と同様、白髪の老人の姿をしていたという。白髪の老人の神、というのは、渡来系の神様に多い。
飛来天神者、通三国霊神也。為当寺三輪守護、自新羅飛来之事。依日蔵上人感夢、而勧請当寺。明神容貌、白髪老翁也。
この神様は『広隆寺来由記』では木嶋明神、大酒明神とトリオで紹介されているが、現在、どうなっているのかはわからない。ちなみに飛来天神と呼ばれる神様は、春日大社にも祭られていたりする。『大和名所記』では飛来天神=天御中主尊とされているが、天御中主尊は現在の木嶋神社がメインで祭っている神様である。
老人の神と言えば、木嶋神社に関する次の『都名所図絵』巻4の伝承も指摘しておかねばなるまい*5。
木島社 は太秦のひがし森の中にあり。天照 御魂神 を祭る、瓊々杵尊 大己貴命 は左右に坐す。蚕養社 は本社のひがしにあり、糸わた絹を商ふ人此社を敬す。西の傍に清泉あり。世の人元糺 といふ、名義は詳ならず。中に三ツ組合の木柱の鳥井あり、老人の安坐する姿を表せしとぞ。当所社司の説
…文保三年四月、覚士 伊時 遊仙窟 を伝授せざる事を深く愁歎して此社に詣す。林中に草を結し老翁あり、常にこれを誦。伊時 こゝに至りて相伝し、一帙を読畢る。後酬恩のため珍宝を送るに、かつて庵なし。是当社の応現なりとぞ
ここには、三柱の鳥居が老人の座った姿である、という伝承と、この老人が『遊仙窟』という中国の小説を伝えたという伝承、そしてこの老人が神社の神様の姿(応現)であるという伝承が見られる。これは、想像力を逞しくすれば、三柱の鳥居は、摩多羅神や飛来天神のような異国の神様(=老人)の表象と言えるかもしれない(少なくともダビデの星よりは穏当な気がする (^_^;;)。
災いをもたらす神々
先に引いた『溪嵐拾葉集』の「常行堂摩多羅神事」では、摩多羅神は自らを「障礙神」であると言い、崇敬しなければ極楽往生の邪魔をするぞ!と脅していた。『広隆寺来由記』では木嶋神社がこれと似たような神様として説明されている*6。
木島明神者、和光神徳広大、随人心所欲得、洒甘雨、自在施成稼豊楽。明神歓喜、則無旱潦災。蒼生不信、則有疾疫憂。
災いをもたらす外国から来た神、と言えば、素盞嗚尊(=新羅明神)=牛頭天王が思い浮かぶ。牛祭の『祭文』には「あだ腹、頓病、すはぶき、疔瘡、ようせう、閘風、ここには尻瘡、蟲かさ、うみかさ、あふみ瘡、冬に向へる大あかゞり、竝にひゝいかひ病、鼻たり、おこり、心地具つちさはり、伝屍病」*7と病気が列挙され、摩多羅神を祭ればこれらの病から逃れられるとする。
天狗と狂乱の儀礼
ところでこの『祭文』には「やせ馬に鈴をつけて、おどるもあり、はねるもあり、偏に百鬼夜行に異ならず」*8とあり、牛祭のお祭り騒ぎぶりが述べられている。これを考える際、『溪嵐拾葉集』の「常行堂天狗
示云。山門常行堂衆、夏末ニ於常行堂、大念仏ト申ス事アリ。仏前ニテハ如法ニ引声ス。後門ニハハ子ヲトリ。無前無後經ヲ読ム也。是山門古老伝ニ天狗怖ト申シアヘリ。…私云。此事ヲ案ズルニ、如法如説ノ修行ラバ、必天魔障礙ス。内観ニハ首楞嚴三昧ニ住シ、外相ニハ仮ニ順魔戯論ノ事振舞也。是還テ天狗ヲ怖ス義歟。
阿弥陀様の前ではちゃんと念仏を唱えるが、後ろに回ったら経文をメチャクチャに読んだり「ハ子ヲトリ(跳ね踊り)」したりするとのこと。それによって天狗が恐れをなすのだという。この「常行堂天狗怖ノ事」の件をはじめ、日光山常行堂の怖魔秘術、多武峰の修正会における常行堂への摩多羅神の勧請、奥三河の花祭における「天の祭」(天狗六印)、西浦田楽(天狗の祭)など、牛祭に関連する摩多羅神がらみのお祭りについては、山本ひろ子氏の『異神』が参考になる。
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広隆寺の薬師仏(牛祭で摩多羅神が最後に駆け込むのが薬師堂)と最澄の大黒天との関連性みたいな話もあるんだけど、それについては後日。