2勝2敗

今年の科研費の結果が出た。代表者、分担者含めて4つ申請したうち、2つが採択され、残り2つは不採択だった。採択された課題はこれ:

  • 若手研究(B)「東アジア仏教論理学史研究のための逸文データベースの構築」(課題番号20720013、研究代表者: 師)
  • 基盤研究(C)「中国古典戯曲総合データベースの発展的研究」(研究代表者: 千田大介慶應義塾大学准教授)

はずれたのは基盤研究(A)と(B)で、そもそも当たりにくく、逆に当たったらえらいことになっていた可能性もある (^_^;;

私が研究代表者(って、個人研究なのでそもそも分担者とかいないけど)の若手研究(B)は、今年度190万円が支給される予定(申請額は251万円)。国民の税金から頂くものだし、学内の教職員や学生さんにも知っておいてもらいたいので*1、応募書類の「研究の目的」の部分を晒しておこう。上に書いたように(お約束で)減額されたので、この通りに研究するかどうかは定かではないが (^_^;;

研究の目的

本研究の目的は、東アジアにおいて独自な展開を見せた仏教論理学(因明)を研究するための基盤となるテキスト・データベースとそれを閲覧・分析するためのシステムを構築することである。近年、東アジアの唯識思想や因明が世界的に再評価される中、いくつかの基本文献を除くと多くの重要な文献が散逸していることが、研究の障害となっている。したがって本研究では、研究上必要となる文献群をテキストデータベースとして集成し、逸文の再構成や引用・被引用関係の可視化、論理式の比較分析などを容易にできるようなシステムを開発・公開することで、今後の因明研究の基盤となるような環境を構築することを目的とする。

①研究の学術的背景

(1) 因明研究
東アジアの仏教論理学(因明)は、玄奘三蔵によって陳那(Dignāga)の文献を中心とした諸テキストが東アジアにもたらされて以来、玄奘門下のみならず律・三論・天台・浄土などの各学派においても盛んに研究されてきた。しかしながら、因明は伝統的に仏教の補助学的な位置付けをされてきており、また近代においても、ダルマキールティをはじめとするインドの仏教論理学派の研究が盛んに行なわれる反面、因明は未成熟、不完全なものと見られ、参考文献1などの一部の例外を除いて積極的に研究されることはなかった。

しかしながら近年、因明は単なる議論や証明のためのツールではなく、論理式の解釈の違いなどにより中国・韓国・日本において長期間にわたり論争が行なわれるなど、思想史的に重要なテーマであることが明らかになってきている(研究業績1*2, 8*3, 10*4, 11*5)。また因明をはじめとする東アジアの唯識思想は、清末民初の中国において、西洋近代科学を匹敵するものとして再評価され、 当時の日本の仏教学者の協力の下、その後の革命思想などにも影響を与えるほど中国においては研究されたことから、その重要性が再認識されている(参考文献2, 3)。海外でも因明を再評価する動きが見られ(参考文献4, 5)、因明を含めた東アジアの唯識思想に関する学会・研究会が各国で催されるなど、研究活動が活発化しつつある。

これまで因明が研究されてこなかった背景には、いくつかの基本文献を除くと、多くの重要な文献が散逸しており、研究への大きな障害となっているという点も無視できない。敦煌文献に残されている場合もあるが(参考文献1など)、逸文の多くが日本の上代から中世の文献に見出されたり(研究業績8, 11など)、また古写本の断片が日本国内で発見されたりするなど(参考文献6など)、逸文研究については日本が中心となって行なう意義が大きい。

(2) 因明文献の電子化とその分析
漢字仏典のデータベース化に関しては、すでにSAT (http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~sat/) やCBETA (http://www.cbeta.org) が『大正新脩大蔵経』全体や『卍続蔵経』の大部分の電子化を終えている。また『韓国仏教全書』に関しても、東国大学校EBTI(http://ebti.dongguk.ac.kr)が完成させている。しかしながら、本研究に必要な逸文が収録されているのは日本の上代〜中世の文献であり、それらが多数収録されている『日本大蔵経』や『大日本仏教全書』に関しては、現時点ではほとんど手つかずと言ってよい。

また、従来のデータベースの多くは、叢書をそのままの形で電子化し全文検索サービスを提供することを主な目的とし、逸文の再構成や引用・被引用関係の可視化することは目的としていない。しかしながら近年、参考文献7など、単に検索を目的としない文献学的な分析を行なうことを目的としたデータベースの構築方法について模索されるようになった。

逸文の同定や比較分析については、Nグラムモデルを用いた確率統計的な分析手法やその結果の視覚化について、一定の成果を上げつつある(研究業績2*6, 4*7, 9*8, 12*9, 13*10, 17*11, 19*12)。

②本研究の範囲

本研究では、中国では唐代、韓国では新羅、日本では鎌倉以前に書かれた漢字仏典に説かれている因明を網羅的に収集し、できる限り網羅的にデータベース化することを目的とする。ただし、活字化されているものを中心とし、写本の形で残されている膨大な短冊(釈)類については、研究の進捗によって判断する。

データベースの開発においては、以下にあげた研究・開発を行ないたいと考えている。

  • 因明文献のデジタル化
  • 因明文献研究支援システムの構築
    • 全文検索などの一般的な機能の実装
    • テキスト間のネットワークの分析、可視化による逸文分析支援システムの開発
    • 論理式の比較や検索を支援するための論理式の形式化(記号論理学的な表記法)の開発
③本研究の特色

本研究の計画については次ページ以降に述べるが、以下の点において本研究は特色を持つと言える。

  • 東アジアの因明文献を網羅的に調査することで、東アジアにおける仏教論理学全体の特色が明らかになることが期待できる点。
  • 単なる全文検索データベースではなく、逸文調査を中心とした文献学の方法論に基づく研究者支援システムを構築する点。
  • 複数の論理式を比較・分析する際、単なる文字列レベルではなく、より形式化された(記号論理学的な)記述のレベルで行なうことを目指している点。
参考文献
  1. 武村尚邦『因明学―起源と変遷』(法蔵館、1986)
  2. 葛兆光「『海潮音』の十年(上)―中国1920年代仏教新運動の内的論理と外的志向―」(『思想』2002年第11号、No. 943)
  3. 葛兆光「『海潮音』の十年(下)―中国1920年代仏教新運動の内的論理と外的志向―」(『思想』2002年第12号、No. 944)
  4. 김성철(金星喆)『원효의판비량론기초연구(元暁の判比量論の基礎研究)』(지식산업사、2003年)
  5. Eli Franco. “Xuanzang's proof of idealism (vijñaptimātratā).”Hōrin: Vergleichende Studien zur japanischen Kultur, 11. 2005.
  6. 富貴原章信『判比量論の研究』(神田喜一郎、1967)
  7. 永崎研宣「要素間の関連情報を基盤とする仏教文献デジタル・アーカイブの可能性」(『情報処理学会研究報告』Vol. 2007, No.78 (2007-CH-075).

*1:ちなみに190万円とは別に、間接経費として57万円が大学に入ることになっている。これは私が研究のために使う直接経費とは異なり、「大学の研究環境をよくするため」に支給されるお金で、大学が割と自由に使える、平たく言えば「収入」である。

*2:Shigeki Moro. [http://moromoro.jp/morosiki/resources/2007KoreanBuddhism.html:title=“Xuanzang's Inference of Yogācāra and Its Interpretation by Shilla Buddhists.”](Korean Buddhism in East Asian Perspective. Jimoondang、査読なし、2007年、pp. 321–331)

*3:師茂樹[http://moromoro.jp/morosiki/resources/20041024.html:title=「玄奘の唯識比量と新羅仏教 日本の文献を中心に」](『2004금강대학교국제불교학술회의』、査読なし、2004年、pp. 335-347)

*4:師茂樹[http://moromoro.jp/morosiki/resources/20040530.html:title=「清辨比量の東アジアにおける受容」](『불교학연구』8、査読なし、2004年、pp. 297-322)

*5:師茂樹[http://moromoro.jp/morosiki/resources/20040501.html:title=「清辨の比量をめぐる諸師の解釈 『唯識分量決』を中心に」](『한극불교학결집대회논집』Vol. 2, No. 1、査読なし、2004年、pp. 572-584)

*6:師茂樹「大規模仏教文献群に対する確率統計的分析の試み」(『漢字文化研究年報』1、査読なし、2006年、pp. 116-128)

*7:師茂樹[http://moromoro.jp/morosiki/resources/200507ZengakuKenkyu.html:title=「楞厳経惟慤疏の逸文をめぐる二、三の問題」](『禪學研究』特別号、査読なし、2005年、pp. 221-234)

*8:師茂樹「NGSM結果のばねモデルによる視覚化」([asin:4872200837:title]、査読あり、2004年、pp. 102-107)

*9:師茂樹[http://fw8.bookpark.ne.jp/cm/ipsj/search.asp?flag=6&keyword=IPSJ-CH03061003&mode=:title=「Nグラムと文字データベースによる漢字仏教文献の分析」](『情報処理学会研究報告』Vol. 2004, No. 7 (2004-CH-61)、査読なし、2004年、pp. 13--18)

*10:師茂樹「Nグラムによる比較結果からの用例自動抽出 ―禅宗系の偽経を題材に」(『東洋学へのコンピュータ利用第14回研究セミナー』、査読なし、2003年、pp. 53-63)

*11:師茂樹「Nグラムモデルとクラスター分析を用いた漢文古典テキストの比較研究 ―『般若心経』の異訳の比較を例に」(『京都大学大型計算機センター第69回研究セミナー 東洋学へのコンピュータ利用』、査読なし、2002年、pp. 63-72)

*12:師茂樹XMLとNGSMによるテキスト内部の比較分析実験 『守護国界章』研究の一環として」([asin:4872200519:title]、査読あり、2001年、pp. 62-67)