禁断の惑星(([asin:B00007HS8S:detail]))

SF映画の古典なのであるが、観るのは初めてである。DVDのパッケージに描いてあるような「ロボットが気絶した美女を抱っこ」みたいなイメージがあったので、てっきりロボット大活躍かと期待していたら、単なる脇役に過ぎなかった。博士の職業はなんと文献学者だった(字幕では「言語学者」とか書いてあったが、philologistと言ってた)。おお、何気にご同業。

感想を書くのが難しい。何しろ違和感だらけなのである。宇宙船も、ロボットも、惑星も。特撮はまるわかりだし、役者も特撮に慣れていないので演技が不自然きわまりない。昔の人はこれに感動してたんだよな、きっと。しかしこの違和感だらけの映像は、ある意味新鮮だった。違和感の理由が手に取るようにわかるのである。言わば、底が丸見えの違和感映画。

これと対照的なのが最近のSF映画である。これも違和感だらけのやつが多い。例えば、エンキ・ビラル先生入魂?の『ゴッド・ディーバ*1とか(おお、このパッケージの美女も同じ姿勢だ)。CGで描かれた人間と生身の人間が共演してるんだが、これが非常に違和感がある。しかし、どのへんが違和感の原因なのか、よくわからない。よくわからないというより、言語化が難しい(『千のプラトー―資本主義と分裂症』の顔貌性の問題かもしれない)。

この違和感の違いは重要かもしれない。かもしれない、というだけで、根拠はないのだが。

*1:[asin:B000FIKF0C:detail]