思想史の中の金剛禅=少林寺拳法

先日、石井公成さんの発表についての紹介の中で、少林寺拳法の教理である金剛禅思想と橋田邦彦の「行学一如」思想との共通性についてちょっとだけ述べたが、2ちゃんねる少林寺拳法は仏教かというスレで、同じように少林寺拳法の思想史的な位置付けについて議論している人たちがいて、その書き込みに上の私の印象とも共通する非常に興味深いものがあった:

369 :1改 :2006/01/03(火) 01:06:26
おめでとさまです。

さて、少林寺拳法のおなじみ「道訓」ですが、
『関聖帝君覚世真経』っつう道教聖典を改変したものであるらしいことがわかりました。

ネット情報によると、この覚世真経は中国民衆道教の経典(勧善書)中の特に重要な三聖書の一つで、
清末から民国初期の間に版行されたと考えられているそうな。
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/kosyo/kosyo-47.html

関聖帝君ってのは三国志で有名な関羽を神格化した神様で、横浜中華街に行くと会うことができるようです。
参考までに、商売繁盛・入試合格・ 家内安全・学問の神様らしいです。
http://www.yokohama-kanteibyo.com/kantei.html

370 :1改 :2006/01/03(火) 01:40:48
関聖帝君覚世真経の最初の部分を抜粋すると、こんなです。

***以下抜粋***
帝君曰く、人生れて世に在りては、忠孝節義等の事を盡を貴ぶ。
方に人の道に於いて愧づることなくして、天地の間に立つべし。
若し忠孝節義等の事を盡(つく)さずんば、身は世に在れども、その心は己に死せるなり。
これを生を偸むという。
凡そ人の心は即ち神にして神は即ち心なり。
心に愧づることなければ、神に愧づることになし。
***抜粋終わり***

この調子で金剛禅の道訓とほぼ一致する内容が続きます。
覚世真経そのままだとかなり長くなります。
私の感想としては、内容をできるだけ残しつつ文章を切りつめて現在の道訓を完成したのではないかと思います。

371 :1改 :2006/01/03(火) 01:42:00
ところで私は北禅スレ2で、
道訓の、

「まさに人道に於いて、はずる処なくんば、天地の間に立つべし」

の部分の
「はずる」
というのは「恥ずる」か「外る」か、という重箱の隅議論をちょっとだけしていたのですが、
覚世真経によると、
「愧づる」
となっているようなので、原意は「恥ずる」が正しかったようです。

372 :1改 :2006/01/03(火) 05:59:53
その当時日本最大の藩校であった水戸の弘道館
ここの教育基本方針をまとめた書に「弘道館記」があります。
徳川斉昭の命で、藤田東湖が起草しており、三戸学の神髄を伝えると辞書にも載っています。有名なのです。

さて、この弘道館記に次のような記載が見られます。

***以下引用***
道とは何ぞ。
天地の大経にして、生民の須臾も離るべからざる者なり。
***引用終わり***
http://www.j-texts.com/kinsei/kodo2.html

ね、道訓の最初のほうに似てるでしょ?

この部分は、実は前掲の関聖帝君覚世真経には無いようなのです。
しかし、金剛禅の道訓が弘道館記から引用されたと考えるほどの一致でも
無いようです。
もしかしたら、道訓の一部が弘道館記と同じ引用もとを参照している可能性は高いかも、です。
そして、同じ引用元なら、それは儒学に関連しているものかも知れませぬ。

ここでは、道教経典『関聖帝君覚世真経』と水戸学派の『弘道館記』*1が典拠として指摘されているが、特に後者は、石井さんの発表の中でも「行学一如」の背景の一つとして水戸学を挙げていることからも注目される:

水戸学の基いを築いた朱舜水は、朱子学の素養に加え、陽明学に由来する強い実践志向を有していたため、水戸学では学問と実践の不可分を強調する傾向が強く、水戸学の聖典の一つとなった『弘道館記』でも、「神州の道を奉じ西土の教を資り、忠孝二无く、文武岐れず、学問事業、其の効を殊にせず」と説かれていることは有名である。(当日配布されたレジュメより)

単なる寄せ集めではなく、開祖の遍歴(っつても、たいしたことは知らないけど)と重なるところが多そうなところが、大変興味深い。

少林寺拳法で見かける、「人」は「霊止」(と書いて「ひと」と読む)である、という当て字的解釈*2も、神道や大本教なんかで用例があったと思うけど、ちゃんと調べると色々出てきそうだなあ。

*1:[http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/:title=菊池真一研究室]には、ほかにも関連しそうなテキストが色々ある。

*2:手元の本では 『isbn:4415004598:title』、p. 18など。