とっくりセーターの罠

今週の月曜日と火曜日は、京都でも雪が降り、一気に冬らしくなってきた。京都は底冷えと言うが、雪国で育った私にはあまり寒くない。正確に言うと、寒いことは寒いのだが不快ではない。耳や爪先の痺れるようなのを「寒い」と言っていたので、厚手の靴下を履いたり手袋をしたりすると温かくなるぐらいの気温では「寒い」と言いたくないのである(強がっている訳ではない)。ちなみに、京都に引っ越してきてから今まで、コートを着たことがない(持ってないし (^_^;; でも今年は買いたいなぁ)。 とは言え、朝から雪が降る火曜日、秋と同じ格好で学校に行くのはさすがに嫌なので、セーターを着てみようとタンスを漁ってみたら、黄土色の薄いとっくりセーターがでてきた。とっくりセーターは首がかゆくなるし、肩が凝るのできらいなのだが、朝急いでいることもあって、ばたばたと袖を通し、雪がひどいので自転車ではなく歩いて大学まで行くことに。 大学では朝イチで、史学科1回生のためのコース選択の授業?があった。私が担当する情報歴史学コースについて、情報歴史学とは歴史情報をコンピュータで表現することである、などと説明する。書誌情報をRDBで表現するのも、文献史料をXMLで表現するのも、数理的な分析をするのも、3D画像を作るのも、すべて表現だと。で、そのために必要な作業は、それを誰に提供するのか?どうしたら喜ぶのか?ということをリサーチすることである、と。どのコースについても数分で説明することは難しい仕事だが、コンピュータを使って歴史研究をするなんてのは高校までの勉強でもやってなければ、考古学みたいに誰でも知ってる学問でもないので、イメージをつかんでもらえたか毎回不安である。その割にはそこそこの希望者がいたので、とりあえずほっとする。 その後、人権週間上杉聰さんの「アジア歴史認識の対立をめぐって」を聞きに行く。アジアの歴史認識や靖国問題(死者の追悼の問題)については常々関心のあるテーマであったので、興味深く話を聞くことができた。アジアの人々に対してだけでなく、色々な「外部」に対して想像力を働かすことができなくなってきている現在の状況は憂うべきであろう。一方、今回のお話では触れられなかったと思うが、死者が不在であることの問題、あるいは語りかける、対話をしようとすること自体の問題については、もっと考えるべきなのではないかと思ったりするのである。まあ、そんなこと1時間半の講演で言ってもわけわからんことになると思うが。お話はたいへん聞きやすく、上手だなぁと思ったりもした。 もっとお話をうかがいたいこともあったが、上杉さんのお話が時間オーバー気味だったこともあり、次の時間が4回生のゼミなので、ばたばたと急いで教室に走って行く。この頃、だんだん首から肩にかけて凝り始めてきたことを自覚しはじめる。しかし、ゼミでは発表者に対して色々コメントしたり、卒論〆切一ヶ月前ということもあってゼミ生からの相談にてんやわんやであっと言う間に数時間が過ぎてしまう。ゼミ室を引き上げる頃には、後頭部がばりばりに凝っていた。やばい、と思い始める。 未だぽつぽつ霙みたいなのが降る中、とぼとぼ家路につく。帰宅後、夕食を食べようとするときにはすでに、肩から後頭部の痛みはかなりひどく、目の奥やら耳のあたりがギンギン痛く、軽い吐き気もあるような状態に。ご飯をぱくぱく食べた後、奥さんにちびたちを託して布団にくるまる。いつもは私が担当のちびたちのお風呂もパスして、ひさしぶりに一人で風呂に入り、熱いシャワーを後頭部に浴びせ続けたりしたら、何とか目の奥の痛みはとれたので、サロンパスをべたべたはり、そのまま布団に潜り込み爆睡。 今朝、凝りは多少ましになっていたが、まだ鈍い痛みがある。とっくりセーターを着たことを激しく後悔。あー、マッサージ行きたい。花大近辺にいいマッサージ屋はないでしょうか?